写真は少し前のものでいまはもう木蓮もだいぶ開いている。とにかく春は近づいているのだな、と思う。
面会制限になってからすぐ、母はやはり、めまいを引き起こしたり不安定で施設の看護師さんからお電話頂き、わたしの面会のタイミングなど相談していたが、本人は立ち直ると、「こなくていい」とがんばっている。
(わたしとは携帯のメールでやりとりしているのだが……耳が聞えないから電話ができないんで……なぜかいつも「こなくていい」を「きなくていい」と打ち間違える)
また翌日には「こころぼそい」となるけど、しかし全体にわたしから見てすごくがんばっている。母史上初のガンバリといっていい。えらい。
困っていることとしては(困ったことだらけだが)家族の面会制限以外も訪問マッサージが禁止になってしまったこと。母のようにパーキンソン病だと身体が硬直してしまいがちなのでマッサージが大きな支えである。訪問マッサージにも夏休みやお正月休みがあるから、1週間くらいマッサージを受けられないことは経験済みだけど(本人辛がる)、期間が長くなってくるとどうなるか……。訪問マッサージさんの方でも仕事ができなくて困っていることだろう。更に在宅介護の方はどれだけたいへんなことになっているかと思う。
いまのところ残念だが感染症の対策は矛盾だらけである。
若い人が罹患しても無症状か風邪くらいの軽症ですむ場合が多いから、若い人が知らぬ間に感染拡大しないように、行動制限せよと言われるというのは、どんなに嫌な気分だろうなと思った。
わたしがいま10代なら、わたしは特別バカだから、「は?」「なにそれ」「コロナコロナうぜえ」ってむかついているに違いない。
だいたい高齢者が罹患すると重症になるのはインフルエンザでも、風邪だって同じことだから自明のことなのにね。
そして高齢者の方は日頃から家族への迷惑を案じ、生きていく意味を考えてしまうという人だって多い、そこまで命を守られたくないよ、と言いたくもなるのでは、と思ったりもする。切ないことだ。
でも重症者が多く出れば、医療にも社会にも打撃を与える。介護施設や高齢者を護ることは、社会を護り、若い人の未来を護ることにもなるよ、とわたしはひとまず10代のわたしに向かって説明してやる。でもねえ、よくわからない、わたしも。
ひとつだけ言えるのは、わたしのように介護しつつ動き回る世代こそ行動に責任持たないと、ということだ。しかしそれも限界ってものがあるんだよな。
「とにかく、非科学的」と10代のバカで生意気なわたしが言う。
そうだねえ、もっと科学的に対策できればいいけれど、人間はそこまで追いついていないのだね、それも当然なのかもしれない。
「これが2000年代の未来か! 最&悪!」10代のわたしが言いわたしも一緒にそれからさまざまな思いつく限りの悪態をついたが、それは書かずにおく。
明日は母の往診立ち会いを許可して頂いた、時間短くして行って来ます。
もう何年も風邪をひいていない。母の家へ通い介護になってから、少しでも具合が悪くなったら行けなくなるからだ。
わたしにとってはただの風邪も、母の身体にとってはおおごとになる可能性がある。
冬場はインフルエンザもあるから、相当の緊張感だった。
しかし緊張感とはそう続くものではない。
しかも介護は年々ハードになり、疲れてくる。
そりゃいつか……風邪ぐらいひくよね。
と思っていたら一度インフルエンザになってその時はもう、笑うしかなかった。(2017年の年末だ)疲れがピークだった。母はヘルパーさんたちと乗り切ってくれた。
その時以外は風邪をひいていない。
母が施設にお世話になってから二回目のこの冬、「もうそんなにカリカリせんでも」と自分に言ってあげられるようになった。
時間も私の体力も、そんなに余裕ができたわけではないが、これまでよりはもう少し、会いたい人に会いに行き、観たいものを観に行けるようになったと思ってた。
だから、とても、残念だった。
新型コロナ感染症の問題がニュースにあがってから、これまで以上にカリカリしてきたけれどこれまで以上に気をつけるって、いったいどうしろと? と思った。(介護職の方々もみなさんそうだと思う。いや介護に限らずほかのお仕事で神経つかっている方々はたくさんいるだろう)
とにかくいまは、この新しい感染症についてわからないことが多すぎる。無症状でもかかっている可能性もあるというのは……どうしたらいいんだ。
初めてこう思った。もう……わたしが母にうつすなら、それはもう、仕方ないことなのかもしれない、と。
しかし、母一人の問題にはならない。もしわたしからこの施設全体が……そう思うと恐ろしくなって面会に行くとき、足がすくむようだった。
この嫌な気持ち……たぶんわたし以外にもきっと感じられた方々がたくさん、いると思う。
感染症が怖いのでしばらく行かない、と言えたらどんなに簡単だろう。
母がやっと穏やかに過ごせるようになったのは、わたしが判で押したように週2回通ってきたからだ。一緒に昼ご飯を食べ、廊下を散歩し……と続けてきたからだ。
それがなくていいならここまで苦労してない。
どうやったら母のメンタルを維持できるのか。でも飲食はもうやめよう。あとは時間を短くしたら……とも思ったが、それに意味があるのかないのかわからない。毎日、悩んでた。
一昨日、木曜朝、施設からお電話頂いて、今日から面会禁止となったと聞いた。3月末までだ。長い。
でも対策としてはそれが長いのか短いのか? もわからない。
電話ではいろいろお話したのだけど、電話を切ったらなにかいままでの緊張が切れて、放心してしまった。
というか、朝ご飯を食べながら、号泣してしまった。
泣きながら、ああ、そんなに緊張していたのだなあと思った。そういうつもりはなかったのだが。
朝ご飯を食べながら何も言わずに泣くおばさん、というわたしを見て、夫は軽く引き気味に、半笑いしていた。
泣いている場合ではない。面会禁止といっても今日からはい、来ないでよしというわけにはいかない。職員さんと相談の上、本人にショックを与えないようにまずは私から母に話をするために、会いに行った。
ありがたいことに職員さんは母のことをよく理解してくださっていて、またわたしたち家族がここまで積み上げてきた経緯を把握してくださってもいて、今日のところは部屋で、母とふつうに会ってきてくださいと許可してくださった。
(因みに手洗いうがいはいつも玄関でするが、チェックシートの記入と検温も加わった)
そして今後も制限はつくがなるべく面会をすぐになくさないほうがいい。
面会をなくすことで母にもっと良くないことになったらいけないと言ってくださった。
母の部屋でわたしはマスクをはずさず、30分くらい話した。
(耳が聞えないから『コミュニケーションボード』でだけど)
母には「しばらく面会制限になった」と、「その方がお互い安心よ」、と伝えた。
母はテレビを観てよくもわるくもいろいろ知ってるのでうんうん頷き、この土日は来なくていいよ、いまはバタバタしない方がいいよー、と言った。
ただおやつがなくってさー、と言っていた。(私がおやつを買って行っている)
……おやつ……食べ過ぎだから……
あとは互いの拳のぐーとぐーをぶつけて、帰った。
なんだか胸のつかえをおろしたくなって、書きたいことを書いた。
わたしの日記だから、勝手なことを書かせてもらった。
もしかしたらまた、勝手なことを書くかも。
ずっとブログを更新してないから、読んでる人もあまりいないだろうし、たまにはいいかな、と思った。
もしここを覗きに来てくださった方がいて、ここまで読んでくださった方がいたら、ありがとう……わたしが言いたいのは、こうなのだ。
わたしが愛するみなさん、しのぎましょう。
どうすりゃいいかわからないことだらけだけど、それぞれの居場所で、よく話し合うことが一番だと思います。
必ずや、のんきに酒を飲みに行ける日にのんきに酒を飲みましょう。
マスクなしで会える母にもマスクなしに会いに来てほしい!
必ずその日が来る!
写真は関係ないけど、こないだまりちゃんに思いがけず頂いてしまった、すてきなボールペン。せめてきれいなものを置いておこうかと。すてき過ぎてまだ使えてない……明日香からもらったポーチも使えてない……
12月に公演をやったらこうなると思っていた通りになにも終わらないまま年越しました。
でも元日は母の施設で家族揃って、昼食会ができました。
母がここで二度目のお正月をこんなに穏やかに迎えることができたのは、職員さんたちや看護師さん往診の先生、ほかにも母を気遣ってくださった方々の……ほんとうにたくさんのみなさまのおかげです。
そして弟夫妻とわたしの夫のサポートのおかげです。
この一年……ここまで来るのはほんとにたいへんでした……と振り返ると泣いてしまいそう、というか、気が遠くなり卒倒しそう、なので、あまり振り返らずに、感謝のみを。言葉に尽くせない思いです。
(先のことも気が遠くなるのであまり先も見ず……課題山積みだけど)
最近はわたし、施設の利用者さんたちとも顔なじみになり、お声をかけてくださる方もいらして。今年は正月らしくない正月と思っていた割りに、あけましておめでとうございますを、ずいぶん一杯、言いました。
昨日2日もわたしは行って来て、二日連続だと正直、身体を持って行くので精一杯……で疲れてるというよりもおあちこち痛いし、家のことは何もやってないのですが……せめてお花を買いました。という写真。
さてこのブログを覗いてくださっているみなさま、あけましておめでとうございます。
このわたしを支えてくれているのは、仕事と、ゴゴアメです。
関係者みなさまに心より御礼を。
今年も仲間たちと、たくさん笑い合い、一緒にビックリしたり、じっくり悩みたい。
なによりも、くだらないことをたくさん言いたい。(なによりも、それ!?)
どうかこんな吉永と、ゴゴアメをこれからもよろしくお願いいたします。
舞台で使ったキャンドル。(写真は稽古場にてテストの点火)
気になった方もいらっしゃるのでは、と思いこちらに書いておきます。
北海道のキャンドル作家、櫻井芳枝さんのキャンドルです。
わたしの友人、北海道のガラス器作家のマナちゃんに教えて頂いたもので、マナちゃんのギャラリーショップから送って頂きました。マナちゃん、お忙しいなか丁寧に、即、答えてくださいまして、ありがとうございました!
ギャラリーテトテト(冬季はガラス製作のためお休みです)
http://gallerytetoteto.blogspot.com/
北海道由仁町には櫻井さんのお店もあるそうです。こちらのHP、キャンドルのすてきな写真がいっぱいあります! 見て!
キャンドルショップ ココ
稽古でバタバタの時期に、これが届いたときの気持ち……なんていうかゴゴアメの公演やるといつも思うんですがすてきなことをやるのに、すてきにはやれない、という鉄則。生活が全てムチャクチャで、家の中はゴチャゴチャ、自分もドロドロで。(出演者たちもボロボロになっていくし)
……届いたキャンドルを見てもお、うわーっとなった。冷たく澄んだ空気や、わたしの知らない美しい景色も一緒に届いたような気がした。(早く早く、出演者たちに見せたいと思ったよ!)
さてみなさま、これからほんとうのクリスマス(ほんとうのってなに?)。すてきな夜を。
としめたいところだけど。
わたしのクリスマスの話をおまけ。
一昨日の日曜は母の施設でクリスマス会があって。わたしはくたびれていたのでお昼を一緒に食べたら、母をクリスマス会へ送り出し、帰宅してまた寝ようと思っていた。
職員さんたちも前から、母をお連れしましょう、と仰ってくださっていたし、今日こそ、と期待していた。なにをそんなに期待するかというと母はなかなかレクに参加してくれず、一人で部屋にひきこもりがちで、それでますます具合が悪くなるからだ。(参加すると気が晴れるようなのだが)
しかしやはり当日になってみると、具合が悪くて行けない、と嫌がる。前日めまいがしたというのでわかるけど。でも、うーん。
それなら車椅子で行って、廊下の端っこから少し雰囲気だけでも覗いてみたら、とすすめてみると、わたしがついているならと言う。じゃあちょっとだけね、と答えると、ずっとついていて、と言う。職員さんと顔を見合わせるわたし。……。
そんなわけで端っこで参加してきました。職員さんたちによる全部手作りのクリスマス会で、感激。
車椅子の横に正座して歌うわたし。歌わない母もけっこうたのしそうだった。じゃあよかったよかった。
では家族にサービスの方も、サービスされる方も、関係ねぇって方も、♫わたしっから、メリークリスマスっ♫ です。です。
お疲れさまです! 寝ても疲れがぜんぜん、とれません。ヨボヨボの吉永です!
午後から雨になるでしょうプロデュース
「クライマガコ、宵をゆけば」@APOCシアター
本田光さんに撮って頂いた、楽日の写真。キャスト全員と、切り絵の松隈量さんにも入って頂きました。
上の左から浅倉万莉藻、切り絵の松隈量、木村淳、
下の左から真美子、大政明日香、村井美波子。
改めまして、ご来場頂いたみなさま、応援、ご協力頂きました方々ほんとうにありがとうございました。
アンケートもたくさん書いてくださり、メンバーみんなでゆっくり読ませて頂きました。
いつも、朗読はお客さま一人ずつの頭のなか、こころのなかで完成する、と言っておりますが、アンケートを読ませて頂いてたくさんの物語が生まれたことを思い、朗読とはほんとうに面白いなぁと……
そしていつもながら、書かれた言葉がみなさんそれぞれとてもすてきで、興味深く。
それぞれの人生がかいま見えるような。何度も、読み返していきたいと思っています。
またSNSで感想をお書きになって頂きました方々にも感謝を。この公演の宣伝にはホント悩むのですが、どうも難しくて。感想一言書いて頂くことがとっても励みになります。ありがとうございます。
それからわたしやキャストに個人的にメールやお手紙をくださった方々、宝物です、ありがとうございます。
今回は、当日チラシに書きましたが、『ないもの、なくなったもの、なくなりつつあるもの……』についてのお話で、ちょっと寂しくなってしまった方々もいらっしゃったようですが(ごめんなさい)、逆に『残るもの』『いまあるもの』に思いを馳せてくださった方々もいらっしゃいました。日常が愛おしく思えたり、ちょっと元気になったり、家族のために急に料理をしたという言葉がうれしく。
そして『ないものを想像する』ということが、朗読とも切り絵とも直接的に結びついていたため、今回はけっこうストレートに受け止めて頂けたのかなとも感じました。
想像することはたのしい、自分の中のなにかあたらしいものが動き出した感じがする、と言ってくださる方もいらっしゃいました。
お話自体は明るいものではなかったと思いますが、「たのしかった」と笑顔で仰る方々がいつもより多く、それがなによりうれしかったです。
ほんとうにたくさん悩みましたが、悩んだかいはありました。
またも正直に言って、12月という時期もあって客席は満席とはいかなかったのですが、しあわせな公演だったと思います。
照明、衣装、舞台美術、音楽、そしてキャスト5人の声とチームワークを誉めて頂けたこともしあわせです。
『よ』と『ば』は忘れないようにします、と言ってくださった方々、ありがとうございます。
来年どこかで抜き打ちテストしますよ。「最初は……?」「最後は……?」
前回も書きましたが本田光さんにゲネで写真を撮って頂きまして、今回はまとめて、宵をゆけば写真展を掲載しようと思っております。少し先になってしまいますが、また覗きにいらしてくださいますよう。
それまでまた時々、公演についてあれこれ、お喋りしにきます。
よろしければお時間あるときに、おつきあいください。
松隈量さんはインスタで、今回の切り絵の展示作品を少しずつ発表していかれるようです。もう一度観たいという方々、お越しになれなかった方々、ぜひこちらをおたのしみください。
https://www.instagram.com/ryo_matsukuma/
この公演が量さんのこれから新しい作品をつくるパワーに少しでもなっていることを祈りつつ。