午後から雨になるでしょう

かきポンくん

 

このブログ前々回に「コミュニケーションボード」と書いたけど、どういうものかわからないかな、と思ったので。いろいろなものがありますが、わたしが母と使っているのはごく簡便なもので。写真のこれ。商品名は簡易筆談器「かきポンくん」。愛機です(笑)

右のグレーのペンでボードに書き、グレーのボタンを「ポン」と押すと消えてまた書けます。子供のおもちゃにも似たようなものがあるから、これなら知っている! という人もいるかと。わたしも文字だけでなく絵もよく書きます。顔文字ふうな絵とかね。

買ってすぐは母はなんだかなぁという顔でしたが、いまでは慣れて面白がってます。

ウチの親も最近、耳が遠い……という方、気軽に使ってみては。そう値段も高くないし、Amazonでも買えます。

使い方のコツは「話しながら書く」。発話しないのは良くないので、書くだけでなく、たとえ聞こえなくても喋りながら。

 

母のいる介護施設が面会制限になって3週間となる。

いまは多くの人が、生活がなんらか一変してしまい、いろいろなことを感じたり、考えたりしているのじゃないかなぁと思います。わたしもそうです。考えた。考えている。

 

この間に、たくさんのイベントやコンサート、展示会、演劇公演が次々中止になり……辛いことです!

自分に身近である演劇のことだけ書くと……ひとつの公演に、出演者もスタッフもスケジュールを合わせて集まるわけなので、延期というのはかなり難しい。

そして無観客では成立しない。撮影した映像をたのしむこともできるけど、劇場の照明・音響効果とは劇場内にいてしか感じとれない部分が大きい。(役者の演技もそう)

「いま、ここでこのときしかできない」「舞台と客席でひとつの作品となる」ものだと思うし、そこが舞台(演劇)の醍醐味、面白さなのです。

さらに小劇場では、たいていの場合、チケット収入だけが制作資金となるので公演を中止すれば大きな赤字を背負うことになる(たいていは、個人には背負いきれないほどの!)

けど、お金の問題の前に、中止とはいまこのとき生まれかけたこの作品がまるごと消えてしまう……という問題の方が大きいと思う。

中止せざるを得なかった公演、中止せずにできうる限りの対策をとって行っている公演……どちらも現場でたくさん考えられたことだと思う。特に当初、情報の少ない中で判断するのはどれだけたいへんなことだったろう。

わたしはできたら、開幕する公演を観に行きたかった。

 

でも結局、行けてない。キャンセルもしてしまった。(キャンセル……が大嫌いなのに……)

母のことでなかなか観劇できないということはこれまでにもあったけど、こういう事態でキャンセルすることがあるとは思わなかった。無念である。いまのわたしには客席で観る、という形でしか応援もできないし、第一、観ないと損なのは自分だしね。

現状では(あくまで現状では)、現実的に感染者が出た、とどうやってわかるのか? というと、検査の対象になるのはよほどの重症の場合のみか、または重症者の「濃厚接触者」(この言葉どうしてもなじめないな)にあたる人だよね。で、重症になるのは高齢者で、若い人はめったにならないなら……高齢者及び、高齢者と濃厚接触する立場にある人たちが、行かなければいいのでは、と思ってしまった。そう思うと「身近」な劇場が、とても遠く感じた。なんてことだ……

でもねぇ、対策を徹底している劇場に行くのに、不安はない。

混んでる電車とかスーパーの方がよほど心配です。

それでもやはり目の前の状況に左右されてしまう。行く、と決められなかった。

つまらない結論だ。でもいまは面白くなくてもいい、とも思う。

わたしに、面会制限となっても、会いに来てあげてください、大丈夫ですよ、と言ってくださる施設の方々のためにも、自分ができることはしたい。一人ひとりが護っていくべきことだと思う。

 

それから、ずっと考えている。ゴゴアメのこと。自分のこと。これからのこと。

だんだん、いままで思ってもみなかったな……ということも考え出すようになった。

せっかくなのでこの機会に、たくさん考えてみてもいいんじゃないかと思う。

 

ふだん書かないようにしていた「介護」のことも、何かふっきれて書けるようになった。でもまぁ、こんどは別の話題も書こうと思います。

よかったらまた覗きにきてやってください。

 

 

 

 


吉永亜矢(2020年03月18日) カテゴリー: