なるべく映画館に通っていこう、としている。
それも仕事のうちだ。なんて若かったら思えるだろうけど思いにくいことを思おうとしている。どうとでも思えばいい、行ければそれでいいのだ。
行く前はそりゃたいへん。工夫して時間はつくったところで、気持ちは最後まで落ちつかない。ああ携帯の電源を切って大丈夫かな、何事も起きないかな、といつでもいらいらしてしまう。しかしいざ映画がはじまるとものすごく集中する! そしてなにを観ても面白い!
ずーっと観に行けないで観に行くとこんな感じになれるんなら、みんなも試すといいよ! って思っちゃうくらい。
なに観ても面白いのだけどなかでも、「ラ・ラ・ランド」は特別だった。CMや予告観ていてまさか自分がこの映画をこれほど好きになるとはまったく想像できなかった。泣くなんて夢にも思わなかったし。もうびっくり。
映画はやはり観ないとわからないな、というあたりまえのことを久しぶりに実感して、なにかうれしハズカシイ感じ。
写真は映画の前におなかになにか入れるべくカフェに入って、カフェなどという場所に来たことに浮かれて撮ったもの。もっとふつうに行けよカフェくらい!
この数週間は母がめまいと耳の不調が起きたため、母の家へ緊急出動したり耳鼻科に連れて言ったり「今週中にまた来てください」と言われてまた行ったり「来週また来てください」と言われてまた行ったり「今週中・・・」行ったり来たりでその間に神経内科の通院や訪問医に切り替えの相談もあって、週に3回ほど出動が2週続いたあたりでさすがにわたしのほうも、へとへとになってしまった。
しかも寒いし!
せめて早く暖かくなってほしい。頼む!
写真、関係ないけど一目ぼれして買った小銭入れ。かわいい。
だいぶ日にちが経ってしまったけど2月にやった「ゴゴアメ俳句会」のことを書いておこう。
え、俳句? そうなのだ。
そもそものはじまりは、明日香座長のお父様がゴゴアメの朗読公演を観にいらしたときアンケートに俳句を書いてくださったことがあって。それがとてもすてきな俳句だったのだ。
いつか、俳句を教えてもらう会をやりたい!
と明日香に言っていたのだが、明日香もわたしもこのところ、いろいろ互いに疲れに疲れている中、こんな時こそおたのしみ会をやろう、と明日香が立ち上がってくれた。うちの座長ってすごい。
で、明日香座長がレンタル会議室を予約してくれて、ゴゴアメ出演者メンバーなどに声をかけてくれたところ、参加者がけっこう、集まった。
さすがゴゴアメに集ってくださるひとは個性はそれぞれ違えどみなさん酔狂。「なんで俳句?」「なんのために?」とは誰も言わない!(いや言ったかも知れないが) そんなみんなと久しぶりに集まれるだけでもわたしはうれしく、お菓子でも食べながら束の間ゆるりとたのしみましょう......と思っていたら! 実際はかなりハードかつスリリング、予想を超えて面白く刺激的だった。
まず当日迄に明日香お父様「マッチ先生」より「一人三句つくってくること」という宿題が出て、本気でびびった。
わたしはわたしが言いだしっぺの癖に、自分が俳句をつくれる気がしなくて。
なんでかな、とにかくそういうセンスがわたしにはない、と思ったし、ないから惹かれるのかなぁとか思ったりした。しかし実際つくろうとしたらこれがまあほんとにできない。まず、五七五にならないんだよ! というか五にも七にもならないんだよ! 話になんねーよ! いままでの人生で気がつかなかったけど、生まれつき俳句ができないよう呪いがかかってたんだ、と思ったくらい。(わたし以外にも呪いがかかっているひとがいるはず、試しにあなたもやってみて!)
でも、頭のふだん使わない部分を使うような感じで、いいストレッチにはなった。気がする。
まあそんないい加減で意味不明な奴が言いだしっぺの会に、マッチ先生はとても真摯に、けれどもやさしくわかりやすく話をしてくださった。全部のお話が目からウロコ、だった。
マッチ先生は俳句は詠む(つくる)人から、それを読む人のものになるのだ、と仰っていた。
ああ、ゴゴアメの朗読と同じなのか、と思った。書いたわたしから、朗読する役者のものになり、それから聴くひとのものになる。
ゴゴアメで俳句会、やっぱりやってよかった。
いずれも個性派揃いの参加メンバーはもうさすが、みんなの俳句は全部、すてきだった。
おそるべし、と改めて思った。
これはわたしだけが落第か、と思っていたのだが、最後にマッチ先生から特別賞を頂いた。
なんと! わたしの句を短冊に書いてくださり、頂いてしまった。
いい字でみると俳句がよく見える! ああ! 家宝にします!
どんな句だったかはここに書かないよ! 恥ずかしい!
またこの「ゴゴアメ俳句会」は第二回をやりたい。
こんどはあなたもぜひ、参加しませんか。ちょいとハードだけど。
畏れ多い! のですが、わたしがいまとてもたのしみにして読んでいるブログをご本人にお許しを頂いたので紹介させて頂きます。
脚本家、小説家である曽田博久さんのブログです。
http://blogs.yahoo.co.jp/momo1970sky
曽田さんはいま、ご両親の実家の出雲に暮らし、奥様の介護をされている。
ブログにはその介護のことと、脚本家時代の師匠のことと、主に二つの記事があってどちらもとても面白い。面白いなんて言ってしまっていいのかと思うけど、文章がうまい方はブログも面白く読ませてくれるのだ。
(と書きながらたいそう凹みました。わたしのブログを読んでくれているみなさん、ごめんよ・・・)
介護のことは、それはどんなにたいへんなことか、とは思うのだけど、曽田さんの書き方はいつも乾いていて、それでいて暖かく、読むと読んでるこちらがなにか力をもらえるような気がしてしまう。
わたしはよく、母の家に行く電車の中で読んでいるのだが、噴き出しそうになったり、時々、びゅっと涙が出そうになったりしてヤバイことはヤバイ。
ずるいよ曽田さん、と思う。
そしてなんと、時代小説(新作!)の連載も始まったので、えーただで小説を! そんなもったいない! と身をよじりつつお知らせしておきます。
どうしてブログで小説を発表することにしたか、曽田さんの意思も、ブログで読めます。
曽田さんの言葉で読んでほしいです。
「絵になるスミレ」という名前。
花びらのひらひらがふつうのパンジーより多いのがかわいい。
母の家の給湯器取り換え工事が終わったと思ったら、こんどは母がうちの中で3回も続けて転んでしまった、と朝から電話で、すわ!! となった。
よく話を聞いたら転んだのは1回で、あとはよろけただけのようだった。
義妹が会社を休んで駆けつけてくれ、母を成形に連れて行ってくれた。
申し訳ない・・・ありがたい・・・
幸い骨折はなくほんとうによかった。腕の青あざやすり傷が痛々しいけど。
で、その日はわたしは自宅待機して今後の対策のため各所へ連絡、神経内科の通院予定日を早めてもらったり、訪問看護やリハビリの予定を変更して頂いたり。自分の予定もともなって変更、またも混乱気味に。
転倒は退院以来、医師にも介護士さんたちにも薬局の方にもご注意頂いているため、ずーっと心配のネタ。だし、もうこれは、あのね、ほんとうにもう・・・ああ、もうとしか言えない。ともかく正直、数日間はハラハラしっぱなしだった。
その後、転ばずに暮らせているのでよかったけれど。
ほんとうに落ち着く間がない。
この間、書きたいことやオモシロイこともあったけどそのうち書くことに。
ミステリーはその後、「慈雨」(柚月裕子・集英社)を読んだ。
退職した元刑事が主人公。解決できなかった事件。罪悪感。後悔。過去の亡霊。
先の見えないもやの中、延々歩いて行く、そのウツウツとした感じは読んでいて、おかしいけど「心地いい」。おかしなことではない。読書(フィクション)にはそういう効用がある。
でも最後はわたし、読み終わって「あれ」と思ってしまった。
「中高年こそ胸に沁みる」「中高年読め」という評判だから「はいはい!」と読んだのだけど。なんというか、もうひとつ心が動かなかったのだ。
意外。なんでだろう、ちょっといろいろ考えてしまった。
さあ、言うよ。ここで。ふだんは逆のことばっか言ってるが。はじめて言おう。
もしかして、わたしが若いのか。
にゃはは。
いやはや。
母んちの給湯器が壊れてまたひと騒動。
なにせ本人ばかりでなく、家も老朽化しているのであちらこちらが具合が悪い。給湯器はもうあたらしいのに替えなきゃだめだ、と前から言っていたのだが。これがかなりの金額なのだ。家が団地のため、決まった型の給湯器しか入れらない。ほかで見たことないわたし、けっこう特殊な形のやつ。
で東京ガスさんに即来てもらったが、そいつが入荷まで10日間ほどかかるという。
今年一番の寒波が来るとかいうときに!
お湯が出ない! お風呂に入れない! ガス暖房も使えない!
母のストレスをひとつずつツブシていっていたわたしだ。
きりがないな......と思ってはいた。いたが。ここにきて。大ストレス大会。
ふらっっ、と倒れるかと思った。わたしが。
こんなとき、平気平気デイサービス毎日行って風呂入るから、とか言う元気なおばあちゃんだったらいいのだが。それがまったくだめなのです。
本人はよく、わたしがわがままじゃないのよ、わたしの身体がわがままなの、とか言ってる。
ぢごくの10日間があり、先週金曜にやっと給湯器入れ替え工事が終わった。
でもなぜかまだガス暖房の調子が悪く、また見てもらわなきゃだ。
母んち通いを週1回にしていきたいのだが、ちっともおさまらない。
写真は母へのお弁当。週1回はお弁当デーにしている。あたふたつくってるものだからハズカシイけど、のせとく。
短編集が読みたくなりミステリ短編集を読む。
「許されようとは思いません」(芹沢央・新潮社)
よくできたプロットが読みたい方はおすすめ!
わたしはふだん小説や映画もプロットが勝ってるものって好きではないのだけど、ミステリとなると別だよね。中では「姉のように」がいちばん残った。読んでる間じゅう息が詰まる。それはプロットのためではなく、やはり文章ではないだろか。
いまごろ雑煮の写真で笑われるかと思うけど、母直伝でつくったのでのせておく。
母の生まれ香川ではこの白味噌雑煮に餡餅を入れたりするらしい。わたしは白味噌雑煮は食べ慣れて好きだが、餡餅で食べたことはない。想像だけだと、ちょっときもちわるい。
一年前くらいは母はまだ料理をしていたけど、手がうまく使えなくなってきて料理は難しくなってしまった。料理上手だったのに残念だし、料理ができるとストレス解消にもなるんだけど。
で、たまに母にわたしが教えてもらいながら一緒につくればいいじゃん、と、提案したはいいけど、母の教え方が下手過ぎで困る!
どのくらい教え方が下手かって「バケモノの子」の『駄目師匠』くらいひどい。
そもそも目分量や自分の感覚が多過ぎて基本的に再現不可能。
あとどういうんだろう、だしパックを使うのだが違う種類を幾つか入れたりする、白味噌のときはそんなにだしを強くしない方がいいと思うんだけどなあ。
そういうわけでいつも、あとからわたしはわたしバージョンをつくる。
ミステリー通のMさん(と呼ぶことにしよう)に「ジェリーフィッシュ」面白かったですまた教えてください、と言ったらそうですかでは、とすぐにもう1冊おすすめいただいた。
こちらは昨年の横溝正史ミステリ大賞受賞作。
「虹を待つ彼女」(逸木裕・角川書店)
『晴』という死んだ女性の謎を追ううち『雨』という人物の影がちらついてくる。
『晴』と『雨』はどういう関係だったのか・・・とゴゴアメとしては読まずにいられないじゃないか!
主人公が嫌な奴っていうのがうまい。途中でいろいろわかってしまうのがちょっと残念だけどすてきな物語を読みたいという人はぜひ!
Mさんにまた電話しなければ。
ミステリーあと、「罪の声」(塩田武士・講談社)も読んだ。
グリコ・森永事件がモデル。事件概要はほぼ事実通りに書きながらフィクションを入れ小説化したもの。そのアイディアがすごい。あの脅迫テープにあった子供の声が、自分の子供の頃の声だった。という話。これは読みたくなるでしょう! 事件をよく知っている世代だとねえ。読んでください! よく考えつくよなこんなこと・・・
遅ればせながらあけましておめでとうございます!
親の介護ってわたしと同世代の友人たちみんなが直面していて、いや、わたしより若い人たちにもいるし、みんながんばってるのだからわたしもへこたれちゃいられない。わたしなんてまだまだ、だとも思うし。
けど実際、いま、なにがどうたいへんかっていうと一言じゃとても言えなくて。なんて説明したらいいかわからない。
でもきっとそれも、みんな同じなのかもね。
介護って一口に言っても、介護される側の人それぞれ、同じ人であってもその時々の体の状態によって問題は違ってくるし、暮らしの状況によっても異なってくる。
きっとその家ごとにそれぞれの問題を抱えることになるのだろうな、と思うようになった。
昨年はただただむやみに駆け回ってるだけみたいな状態だったけど、そんなわたしに介護や医療の現場の方々はじめタクシーの運転手さんや各種業者さんとか、ほんとうに多くのいろんな方々に励ましの声をかけてもらった。ひたすら感謝。
もしかして、それぞれ違う多くの人たちの中に、もしかしてわたしと同じような人もいるんじゃないか。
わたしのように「まだまだ」だけど「もうたいへん」という人。
その人にわたしも声をかけたい。「わかるよ!」って。
さて、よっこ・・・らっしょ、と重たいですが(笑って笑って笑うとこだから)、
ゴゴアメも、なんとか続けていこうと思ってます。
わたしより若い明日香座長まで実家通いをはじめていて、なにか互いにピンチですが、でもなにせ頼もしい座長だし、頼もしい仲間たちもいますので。
どうか引き続き応援して頂けますよう。よろしくお願いいたします!
どのくらい疲れてるかというと、フト、おしょうが二つでおしょうがつー、と言いたくなるくらいですええけっこうなものです。
今年は一年中ずーっと実家の大掃除をしてきたので(やってもやっても終わらない! 不用品だらけ!)いまさら年末だからといって慌てないよと思ったら、役所に行かなきゃいけなくなったり結局バタバタで自分のうちはといえばまったくの手つかずだったのでびっくりした。もう間に合わないからこっちはてきとうにやって年越しとします!
しかし、母のとこはヘルパーさんにふだんの掃除に入って頂くようになってから、わたしがこれまでできなかったとこにかかれるようになったので、ほんとうにありがたいのだ。気が遠くなるけど。
やってたらいつか終わる・・・のか? 否、信じる者が救われる!
本もなかなか読めなかったので、もお何から読んでいいかわからない!
というときには人のおすすめを読もうと、ミステリ通の方に教えて頂いたのが、
「ジェリーフィッシュは凍らない」(市川憂人・東京創元社)
今年の鮎川哲也賞受賞作品。「そして誰もいなくなった」をいま書いてオモシロイと聞いて、わくわく。これがすてきな設定でたのしく読んだ。
わたしはなぜかストレス解消にはミステリが読みたくなる。
やっぱり他に何も考えなくなるからかね。
ことしは夏から秋にかけての短い間に3回も救急車に同乗した。
(1回は母とでなくタキと! 驚かせてすみませんまったくご心配なく、タキはぴんぴんしております)
もう乗りたくない。乗らずにすみますように。
秋にようやく仕事復帰させて頂き打ちあわせへ出かけた時は電車に乗りながらもはらはらしてしまい胃が気持ち悪くなるくらいだったが、打ち合わせに出られたらありがたくてうれしくて、こんな気持ちはもちろん初めてだった。いや、打ちあわせに出るのが仕事ではなくそのあと、書くのが仕事なんだけどね。
映画も芝居もまったく観に行けずで苛々していたが、この前、まりちゃんにとあるアート展に連れて行ってもらった。
なんでもいいからきれいなもの見たい、誘って誘ってとしつこくお願いしたのだ。
自分の用事で出かけるってことだけでたのしいのに、まりちゃんに会え、アートを観るってなんと素晴らしいのだろう!
二つのことをつよく思った。
時間は自分でつくらなきゃいけない!
でもアンテナは自分のがダメなときはひとのを頼もう!