母の家でお坊さんを迎えたあと、墓参してまた戻ってごはん、行ったり来たりの一日。
お墓参りは午前中、雨が降って涼しかったから、いつもよりだいぶラクだった。ほんと、助かった。
母の家で、なんでもないごはん。とってもなんでもないけど、おいしい。
小川洋子「最果てアーケード」(講談社)を読んだ。
奥付の前の頁に、漫画原作として書き下ろされたとあり驚く。小川洋子作品を漫画化って、むずかしそう、すごいこと考えるひとがいるものだ。
連作短編。さいしょは小川洋子らしいモチーフを使った、美しいけれど毒もある、ということもわかりやすい、お話らしいお話なのかな、と思った。
いま、「新潮」誌で連載中の最新短編集がすばらしくて、どうなってしまうんだろう! とすっかり参っちゃっていて。(単行本がまちどおしい)
けれどこちらのほうも、後になるほど深みが増していき、やはり小川洋子は小川洋子であった。
漫画のほうも読んでみようかな。
ところで、小説を読むっていうのもなかなか不思議な行動だよなあ、といまさら、思ったりする。
考えるといろいろとフシギなのだが、ひとつには、本を読むのは個人的な経験だということからくるのかも。映画を観るのだって、芝居を観るのだって、個人的な経験に違いないが、本は、誰かと同時に読めるわけじゃないから、特別、個人的に感じる。おもしろかったりおもしろくなかったりするのが、特別、ひとそれぞれな気がする。
だって、ひとによってはたとえばこの小説だって、むずかしく感じたりするだろうと思う。そういうものだ。淡々としていて、何気なさ過ぎる、と思うひとも、いるかも。
と思ったところで、びっくりしてしまうのだ。
なにげなくねーー! って。
ま、ばかみたいだけど、ほんと不思議だと。
なにげないものを書くのって、実はたいへんなことだとこの頃つくづく思ったりして、だからそんなことを考えちゃったのかも。けどそれはまた、別の話で。