日傘を失くしてしまった。電車の中に置き忘れて来てしまったのだ。
雨傘も日傘も、気に入ってるものに限ってどこかに忘れる。
なにかちょっと気に入らないのはいつまでも手元にある。
駅の階段を上りながら、あ、やっちゃったーと気づいたから、いまなら、と思って改札で、駅員さんに届け出てみた。
電車には毎日、ものすごくたくさんの忘れ物がある、と駅員さんは言っていた。
それでもとっても親切に、迅速に対応してくださって、忙しいのにわたしの安い(安いのでまだよかったが)日傘のことですみません、と恐縮しきりだった。
傘の特徴と、乗った車両や置いた位置など、質問に答えながら伝え、紙にも書いた。
黒い日傘。折り畳みではなく、50センチほどで、持ち手の部分は白。
指示どおりに後から電話すると、少し先の駅で、「それらしい」のがみつかったとのこと。
電話で対応していただいたそちらの駅員さんたちも、とっても丁寧だった。
駅って、「お電話ありがとうございます、○○駅です!」と出るのね、ってことにもちょっとびっくりした(ピザでも注文したくなる)。
だけど。
なんだろう。
ミスをしてはいけないということからなのか、やたらにクレームをつけるお客さんがいるからだろうか、きっとなんらか事情があるのよね、と思うのだが、話し方が微妙におかしい。
「それでは確認なのですが、お客様の傘の、さすところの部分に、紐がついていますでしょうか」とか言うし。
うん、さすところ、ってどこ、ボタン? には、ヒモなんかついてない。
「さすところ、には、ついていないと思います」
「いえ、あのですね、通常傘というものには、傘をまとめる紐がついていますよね」
通常、傘というものには? とか言うし!
「ああ、ああ、それなら黒の共布のがついています」
「はあーーなるほど......」
「あっ、あと、開くと真っ黒ではなくストライプになっています」
「ふーーむ」
はあ、とかふーむって、どうなの? そこにあるのでしょう?
なぜそんなに微妙なの。
ともかくとりに行く日を決めたのだが(その日にちもきっちり復唱してくれる)、まあ、なにかおかしいという話にはなったのだろう。
翌朝、また別の方から、電話があった。
「たいへん恐れ入りますが、確認をしていただけますでしょうか」
「はい! すみません!」
「お客様の日傘の柄、折り畳みではないもので、持ち手の部分になりますね、この色が、白い、ものですね?」
「はい、そうですはい!」
「はい! それでは、ですね、次に。お客様の傘の、開いた部分。そこは、何色でしょうか?」
そう丁寧に言われると、なにかどきどきする。
わたしは頭の中で失くした傘を開く、イメージをする。別にするほどのことはない。
「黒です」
「ああ! そうでございますか! こちらに届いている傘がですね、白、なんです」
「......あーそれは。ぜんぜん、違いますね」
「そうなんです! ぜんぜん、違うんですね」
おおい。なんのゲームなのだ?