前に書いた「ゴゴアメ宣伝美術会議」の写真から、もう一枚。なんだかずいぶん前のことの気がするなあ。こんなかわいいのもありました、ということで。
そしてチラシ、出来上がりました! うれしい!
これ紙がね...いい手触りなのだな。
だからぜひ...触ってほしい。さわって! さわって!
ヒロキがくまに感謝を捧げ終わったその頃、
刑事くんの髪型がとある美容院にて完成した。
あっちとか、こっちとかで、いま書かれまくってる刑事くんのことだ。
わたしこそ刑事くんについて書く権利がある。
「誰も知らない」刑事くんのことを...。
タカギ・ノボルのお手伝いでなぜか、わたしは刑事くんと日曜ごとに会い、服屋に行ったり、服を買ったり、美容院に行ったり、お酒を飲んだ(あ、最後のはミッションと違う!)
タカギ・ノボルのブログを読むと、ああ、そんなに刑事くんのことが好きなら、わたしでなく、自分で刑事くんと日曜日を共に過ごせばよかったのにと思う。不可解、不条理である。
しかしなにが不可解不条理って、刑事くん本人のほうだったろう。
よく知らないオバチャンと出かけ、服のなかへ突進していくオバチャンの背中を眺めながら、おれはどうしてなぜここにいる、と何度も己に問いかけていたことであろう、うんうん。人生とはね、すべて不条理なものだようん。
そしてこのオバチャン、話しかけまくる。
「暑いね刑事」(夏は暑いだろう)「刑事、その髪型はヤバイよ」(余計なお世話だろう)「刑事、ちょっと触っていい?」(セクハラだろう)「疲れたね刑事」(疲れた)「飲もうか刑事」「違う違う、あたしが飲みたいの刑事」「つきあえ」
更に飲めば飲んだで。「刑事、チケット売れた?」「チケット売ろうか刑事演技なんか後」「演技してたら芝居できるってもんじゃないよお客様のおかげで芝居できるんだよ」
ムチャクチャです、オバチャン。
そんな気の毒な刑事くんであるが、オバチャンは刑事くんのことを少しは知っている。ようになった。
きっとね、刑事くんのことは、男より女のほうがわかりやすい、のだと思う。
あんまり上手く人づきあいできないのよね、「あ...はい」とか「や...そういうわけでも」とかって、おずおずしちゃうのね。そういうひとっているでしょと言えば、女性のみなさんなら、ああ、と頷くはず。
つまり、ごくふつうです。
ふつうって言ってもさ、個性のないふつうのひとなどいない。
ゆっくり聞いてると、いろんなこと考えてるし、なかなか、いい顔もする。
それに、芝居をすることが、好きだ。
いい作品といい演出、いい共演者に恵まれたら、あとはきみが、その手で、なにかを掴むしかない。
なにか掴んでもなにも残らないかも知れない。それを恐れちゃだめ。
オバチャンから言うことはもうなにもない。あとは本番を見守るよ、刑事。
完成した髪型での写真をここにのっけようとしたら、タカギ・ノボルに止められた。不可解である。
もしノバディノウズ刑事に会いたければ、来週8月5日から9日まで、下北沢「劇」小劇場へ、
行くしかないわけである。
近所にあたらしくパティスリーができた!
で、酒くさいこのブログに...たまにはさわやかに。
鵺的本番迫るなか、稽古場ではなく、とある場所でお手伝いをしていた。
そこへ指定した衣装がなかったと、平山くんからメールが入ったので、しばし考えて、
「それは取り寄せできないだろうか」とメールを返す。
できないらしい、とメールが戻り、しばし考えていると、たまたまヒロキからメールが入る。
きのうは撮影でくまの檻のなかに入りました。
くまに待機してもらって、とある。
しばし考えて、「それはくまに感謝するように」とメールを返す。
やや! そこは指示を返すところじゃなかった。
しばらくして、平山くんから別のところで衣装を探しみつけました、とメールが入り、
ヒロキから「くまに感謝します」とメールが入った。
二人の間にはとりあえずいまなんの関係もないけれど、二人ともお疲れさま。
なんですかねえ...、まー、そうそう。元気です。伊藤浩樹。
ヒロキのことは前にブログ「酒と肴」のほう(『鶏とオクラのキーマカレー』)に書いた。
わたしの以前のプロデュース公演「シエラザード」の休眠前最後の作品、「探偵青.悪いお別れ」(2005年10月・中目黒ウッディシアター)の主演、「探偵青」役を演じてもらってからのつきあいである。
これはポール・オースターの「幽霊たち」を原作にした劇でした。
イトウヒロキとはほんとうにヘンな役者で、決して巧い役者ではない。わたしなどに役者の巧い、そうでないを決められまいが、わたしの感想としてはそうなのだ。
しかし舞台に立つイトウヒロキはなぜか、お客さんの目と心を奪う力がある、吸引力がある。
たぶんわたしがそういう役者が好きなのだろう(いや、巧い役者も好きです)、これはわたしの作品に出てくれている、ほかの役者たちにも同じく言えるところがある。
ヒロキに比べれば大先輩であるフジクラミノリも同じ、と言うとミノリに殺されそうだが、わたしの感想では、ミノリによく似ているところがある。
ま、ヒロキはミノリよかずうっと不器用である。と書いておくから殺さないでミノリ。
さてそれ以来、彼は舞台に立っておらず、ゴゴアメ(今年10月。中目黒ウッディシアターに帰ってきます)に出演するなら「4年ぶり」になることになり、本人はびびっていたが、わたしだって、4年ぶり。とか言っていたら、ヒロキは今月、Group SO-SO公演に出演して、なんと「3ヶ月ぶりのひと」になり、ここで大きく先に行かれてしまった。
そのSO-SO公演の感想など話しながら、わたしとタキとヒロキとで飲んだ。
話しているとあの芝居がすっかり浮かんできて、また泣くか男二人、と思ったが、なにかあはあは笑いながら飲んだ。
三者三様に疲れてたのだがたのしく、でも珍しくぐでんぐでんになるまで飲み続けずに、早い時間に解散した。またなヒロキ。
いまはヒロキは勤労青年(いや、青年というほど若くないけど)で、毎日汗を流して働き、そして休日は自主映画に出演のため撮影がありこの夏ずっと休みなしらしい。
本人は動けていること、働けていること、すべてがうれしそうである。
日に焼けて、なにか少し逞しくなった気がする。
でもヒロキはヒロキである。
またそんなに急に走って、こけるんじゃないか。
まーゆっくり。ゆっくりいこうやヒロキ。ゆっくりって、ムズカシイんだ。けど、大事だぞ。
と言っても聞いていないんだな。
まあいいか、つまづいたら笑ってあげるから、ダイジョウブ、ダイジョウブ。
二日酔いのため、お茶漬け。
このところ、ものすごくがんばっていたら、ものすごく首が痛い。
ところで、首がずっと治らず、休憩ごとにはずす首をそのまま机の上にごろごろ転がしているのもなんだなと思い、ネットで「首置きくん」なるものをみつけ、買った。
なんでも調べてみるものである。値段は高いような安いような、なにしろそういうものを買うのがはじめてで比較しようがなかったが、これが、とてもいい買い物だったと、満足している。
「首置きくん」に置くと、なんとも、この。ふわふわっと、している。
つい眠くなってしまうのが難点なくらいである。またはあまりの心地よさに、首を忘れて外へ出かけたりしないか少し不安である。
この数日は休憩をとらなかったからいけなかった。
また首をそこへ置き、白髪など抜いてやったりするのがたのしみだ。
OKみんな、土用の丑の日にはうなぎを食べたかーい?
わたしはその日、スーパーのうなぎごはんでした。それでリベンジのひつまぶし。
といってもこれもスーパーのうなぎ。テレビでいつか見た方法で、市販のものも、一度さっと湯通しして(えっと驚くかもしれないけどこれいいですよ)、キッチンペーパーで水気をおさえてから、フライパンに少量の油で皮目側を少し焼き、酒をふって2分ほど蒸し焼きする。ふっくらして美味しくいただけます。
器のどんぶりは、「鵺的」の更果ちゃん(さやかと読む)から、昨年、彼女の結婚のお祝いを送って、おかえしにいただいてしまったもの。
うちはこういう色のある器があまりないので、うれしかった。青と赤なのですね。
大きさもちょうどよく、手触りもよく、とても気に入って使っている。
8月の鵺的の芝居では、更果ちゃんは紅一点で出演する。
男ばかりの、しかも演出含めていろいろタイプは異なれどまあ、なにかみんな共通するところのあるような、あのような男たちばかりの稽古場というのは、なかなかたいへんであろうと思う。
それに役も。高木登氏は彼女にたいへんな役をやらせることを生きがいとしているようだが、彼女にはどうか、のびのびと、ぬけぬけと、演じてほしいと願っている。
ただいま、稽古追い込み中の彼女にエール。
ミネストローネはみんなそうであるように、そのときによって冷蔵庫にある野菜で作る。
チキンも入れたり入れなかったり。でも最近はしょうがの刻んだのを必ず入れる。
食べると辛くもないのに、たくさん汗をかく。外食続きのあとなんかにいい。
午前5時起床、3時間ほど仕事の原稿書き。ジムに行き、プールでゆっくり何周も泳ぐ。
いつものカフェで軽めのランチ、ぼんやりしていると浮かんでくる芝居の演出案、メモをとる。
午後からインタビュー2件。10月の芝居についてであるが、まだ本を書き終えていない。けれど、熱心なインタビュアーたちにつられて、ついたくさん話す。
帰宅途中、近所の魚屋で新鮮な魚をすすめてもらい、買う。今夜の夕食に。
帰宅後まずメールチェック、ロンドンにいる友人から友人の演出する開幕間近の舞台について。
来週末、そちらに行くのをたのしみにしていると返信、あっという間に夕方。
と、ブログに書いてやらむ、ひひ。しかしあれだな、そんな暮らしあまりうらやましくもないな、意外とな。
と、思ったところで「すいませーん紙切れましたー」と汗だく、埃まみれで大量のコピーをとり、
「すいませーん」もう自然にどこでも言い、汗だく、埃まみれで郵便局に走り、あっという間に夕方。
...え、なあに? 聞こえなあい。
チラシの色校が出て、戻しも終了。ホソノデザイン、ほんとうにお疲れさまでした! そしてこのあとも、よろしく!
写真はウチに送って頂いた分の色校紙、うれしくて飾る。
左にかかっている赤い「てるる」(正式名称)は、なぜかてるてる坊主を作り続ける不明の男、藤岡豊の初期作品。
そんなわけで、高木登くんはただいま「鵺的」のきたる8月、旗揚げ公演「暗黒地帯」を背負っているのである。
道を歩くときも、ごはんを食べているときも、常にこのように背負っている。立派な主宰である。
うなだれているのは、本人が「このほうがおもしろい」と言ったからであり、写真を撮るからとこの格好をさせられているからとかでは断じてない。
高木くんとのつきあいはたぶんこの三年ほどなのだが、なにか異様に長いつきあいの気がする。
今年は彼がシリーズ構成であるアニメ番組(来年1月からオンエアだそう)の脚本の仕事を紹介していただき、参加している。仕事を紹介してくださるというのは、特にわたしのような日々ふらふらと生きている者にとってはたいへんにありがたい話である。
ありがたいが、なんというか、わたしは「タカギ・ノボル的なもの」で猛烈に忙しい。
タカギ・ノボルの仕事、タカギ・ノボルの芝居の手伝い、タカギ・ノボルの身体の心配、で、自分の芝居のことは細々とやり、なんとかここまできたものの、この後を考えるとおそろしいことになっている。
そして当のタカギ・ノボル本人はといえば、別にたいしてわたしに「お願い」とか「感謝」とかするわけでもなく、淡々と指令をくだしている。
どっちかというと、ヨシナガアヤというのは「使いにくい」ツカエナイ人間だと自分で思う、そんなわたしをよく顎で使えるな、と感心する。感心などしているから、指令がくだされる前にまた走り出したりしている。で、「タカギ・ノボルの舎弟をやってます」と知り合いには言ってみるけど、これがまた、見た目のせいなのか、キャラというやつか、わたしが威張っているようにしか見えないようで、歯がゆいことこの上ない。
ここらで逆襲を試みようと、「ゴゴアメ」には彼を巻き込み、短編の1本を依頼して心のなかで万歳をした。しかし、彼は仕事に、そして8月の公演に忙しく、こちらの短編を書く時間がなく、またも心配するのみの不甲斐ないわたしである。
とにかく、「暗黒地帯」本番まであと2週間と少しになった。
8月5日(水)から9日(日)まで下北沢「劇」小劇場にて。
チケット好評発売中につき、これからお買い求めの方はぜひ、お急ぎください。
詳細は「鵺的」HPまで。
チラシにあるとおり「そのテイスト、口に苦し」、その看板に偽りなし。
鵺的始動にあたり、高木登入魂の作品です。
まとわりつく夜の熱気を逃れて、扉のなかへ一歩入るとそこは夢のように冷えた、暗いウェイティングバーである。
ジャズと賑わいの声を背にして、黒いスーツをぴしりと着た若い男が頷いてみせ、インカムに、囁く。いや、囁くというにはやや明瞭過ぎる声だった。
「ただいま、二人組がお待ちです」
二人組て。強盗じゃあないよ。それかデュオなのか、デュオなのかあたしらは?
とは表情に出さずに目を伏せ、ドレスに小さな埃でもみつけたようにそっと指先で払う。
インカムからの声は無論、聞こえない。
ただスーツの若い男が片耳に手をあて、ぶるっと緊張を走らせる姿に、怒声を、見る。
『なに言うとんじゃぼけ。状況伝えろちゅうとんのじゃ。なんでできんのじゃこら』
いや、伝えてはいる、伝えては。
彼が眉を寄せて耳に手をあてているその間にまた扉が開き、年配の紳士が入って来る。
若い男はなんとか作り笑顔を浮かべた。そうしてインカムにあくまで静かに、クールに告げる。
「ただいまお待ちになっているのは、二人組、え、あ、お二人組、と、お一人組様です」
落ち着け、きみ。
我が家では、かの新作上下巻本のことをなぜか著者名さん付け「ムラカミさん」と呼んでいる。
間違っても知り合いとか親戚ではない。
で、この料理。これ、やってるひといっぱいいるだろうな、何人になるかなあ!
「イタリアンパセリ」はわたしなら「香菜」にすると決めこんでいたけど、なかったため、今回のところは、セロリの葉+青じそ少し。ほかにアレンジしたのは、塩はハーブ塩にしたこと。あと、ウチは減塩のためしょうゆはほんのちょっと。かわりに、さいごにすだちを絞った。
とっても美味しかった。ありがとうムラカミさん!だ!
暑いときに食べたくなる、あっさりした、でも辛いカレー。
先週土曜日に、伊藤浩樹が出演した芝居をタキと二人で観てきた。
土日2日のみの公演で、会場は20人もお客さんが入ればいっぱいの、小さな公演だった。
でもそういう小さなところでしか味わえない、体験がある。
役者の息遣いや、動悸まで聞こえそうな場所だからこそ、だが、お客さんに届いたのは、場所のためばかりでなく、この芝居を作ったひとたちの意思だろう。作・演出(出演も)の矢田政伸さんはすごいひとだなと思った。
そういうことはあとから思ったことで、観ている間はとにかくおもしろがって観ていた。
たくさん笑い、驚き、伊藤浩樹が出るときには少し緊張もした。
イトウヒロキのことは、また「ゴゴアメメンバー」にも書くけれど、2005年にわたしの作品に出演してもらったとき以来、舞台の出演をしていなかった。
その間、やつはなにもしていなかったわけでなく、映像の仕事にがんばったり、くじけたり、働いたり、毎日働いたり、時々はウチに来て酒を飲んだり、寝ゲロをはいたり、青ざめて非常なる恐縮をしたり、実にいろいろであった。
忙しい男なのである。
ほんとうにイロイロであったため、終演後の客席で、ふいに胸にこみあげてしまった。
お客さんたちが誰もなかなか立たず、静かにアンケートを書いていて、いい感じだなあ、よかったなあ、という思いと、密かに、かなわないな、という思いが混ざり、そのどれとも別に、あ、ヤバイ、と思った。ヤバイ、どうしよう。
しかしわたしはしっかりと、目と鼻をハンカチで素早く強くぐしぐしとぬぐった。
わたしがどんなにへっぽこエンシュツであろうとも、まだエンシュツを名乗る気なら、ここにはゆずれないラインがある。
表でやつに顔を合わせるのだから。
表で待っていたヒロキは、タキが「よかったよ」と一言言う、その「よ」でもう泣いていた。
早いよ。だし、まだ初日初回だってんだ。
そしてタキもつられて「う」と涙ぐんでいた。
「いや...いやいや」「いやー!」と泣きあっていた。
そんな彼らを指差して、ばーかでーばーかーでーとわたしは大笑いしてやった。
ふはははは。男とはほんとうにばかである。
「午後から雨になるでしょう プロデュース その1」というからには旗揚げなのに、このブログは十何年のつきあいだとか何年前であるとか、歴史を感じる話ばかりで...。えー、ごっほん。
以前に行っていた「シエラザード」というプロデュース公演から繋がっているので、自分でも旗揚げという感じはしない、反面、「シエラザード」の頃から、プロデュース公演とは劇団と異なり、毎回、出演者とスタッフを募るため、毎度旗揚げしてるのと同じと思い知らされている。
なにかとシステマチックにはいかない。不条理といってもいい、あのわけのわからない労力の嵐が、またもはじまっている。まあこんなもの。こんなに間を空けてやるひとはいないでしょうが、たいてい、劇を作るひとたちは似たような嵐のなかなのじゃないかな。
屋上の写真、もう一枚。うしろ姿のみな吉。
ミナには「シエラザード」のHPのデザインをしてもらってから、なにかと劇作りのお手伝いに巻き込んでしまっている。大事なメンバーのひとり。
2005年秋の「シエラザード」公演のあと、しばらく公演はできないと、HPも閉じてしまったが、その間に彼女は結婚して、だんなさまの仕事の都合で台湾に移住して、今年、ご夫婦共に帰国となった。
間が空きながら劇を作っていると、なにかこう、人生いろいろあるなということだらけである。
しかし偶然ながら、なんだか漕ぎ出す船に間に合ってくれたようで、勝手にうれしい。そのちっさな身体でビール持って、ひょいっと、飛び乗ってくれたような気が勝手にする。
ミナ、そこにいて。そこで毒舌はいて。時々、その誰もを魅了する笑顔を見せてね。
台湾が気になる方はミナのブログ、過去ログに台湾生活がある。
彼女も美人である、ならなんで後姿なのか、顔を見せろといわれても、はい、そうはいかない。
それはもう、「午後から雨になるでしょう」公演の受付または客席案内にて、なのだ。
公演は10月7日から11日。チケット発売は8月20日からです。
「午後から雨になるでしょう」は4人の作家が書く、4つの短編劇オムニバスである。
4作品には予め共通のお題が幾つかあり、ひとつは、「屋上」という舞台設定だ。
どんな屋上かは、それぞれの作家に任されている。
それでこの頃、実際に屋上に上がってみたり、道を歩いていても見あげがちな日々だ。
この屋上は、お気に入りの場所。
夏のあいだだけビアガーデンとして開放されている。ビアガーデンというと、ごたごたした空間が多いが、ここはシンプルでいい。近辺は住宅街で視界を遮るものがないのも気持ちいい。
写真のひとは、藤倉みのり。「ゴゴアメ」俳優部のリーダーだ。俳優部、全員、気をつけっ!
ほんとうに、気をつけたほうがいい、フジクラミノリ。
ミノリについて、書こうと思えばきりがない。なにか書くとせっかくの写真の雰囲気が壊れそうだというのもある。よって、今後「小出し」に書いていく。
とにかく、ミノリとも長いつきあいになるが、まさかこんな、おもしろおねえさんになるとは思わなかった。おもしろおねえさんが気になる方は、リンク集にミノリの日々のことを、自由に書きまくってるブログがある。
彼女は鳥好きで(インコを飼っている)、鳥探知機が搭載されているらしく、道を歩いていても鳥の絵や鳥グッズ、鳥という言葉だけから焼き鳥屋まですべてに反応して、たったか駆け寄っていく。そのさまはかわいいといえばかわいいいし、あまりにも素早く行動するのでおかしいといえばおかしい。
しかし、そんな彼女はとっても、美人である。
ほんとうなのか、それならもっと顔を見せてほしいと言われても、そうはいかないのだ。
それはもう、「午後から雨になるでしょう」公演にいらしていただくしかない。公演は10月7日から11日。チケット発売は8月20日からです。
45歳である。
キリがいいから、あれ幾つだったっけ? と自分の歳を忘れがちなのに、今年は忘れない。なにかにつけ、45歳だなと思う。オバサンが堂々と何度も自分の歳を書くのもなんだろうが、45歳だ。関係ないけど、フォーティファイブという名の服屋さんが好きだ。なんの話だ?
七夕の夜、菅野よう子コンサートにさいたまへ出かけたのは、朋友(ほう! ...古くからの友だからそんなふうに言いたくなる)、荒井靖雄が珍しくダンス&パフォーマンスで出演するということだったからだ。
アライセイユウとは、同い年である。
そもそも、役者アライセイユウと、はじめて一緒に劇を作ったのは、いったい何年前になるだろう。と考えても、正確なところが思い出せない。だいたい17年前くらい?(わたしの記憶はすべてにおいて「だいたい」である) いまはお互い若くはないが、当時も若くない。そんな同い年だ。
セイユウは振付師、ダンスの先生としても活躍しており、近年はめったにダンサーとしての出演はしない。45歳だから。というのは違う。さいたまスーパーアリーナ1万6千人の観客に、マイクで「あの、いま半裸で踊ってるひと45歳」と言ったら、1万6千人の「えー!」が聞けただろう。(もしほんとにそれを聞いたら、さぞかしヤツはウキッとするだろう、そう思うといま少しむかついた)
彼はやり過ぎでは、とはたがハラハラするほど身体を鍛えており、この数年の彼のダンスはなにか、ふつうではない輝きを放っている。若いひとが踊るのとはなにかが違う。知ってはいたが、あらためて凄さを感じた。おそるべし、セイユウ45。フォーティファイブ。
ところで彼を見ていたら、芝居とダンスの演技の差みたいなものについて感じるところがあった。
芝居は、だれそれであるという役者が、だれそれという名の人物を演じる。
こういうコンサートでのダンサーは、だれでもない、名のない役なのだな、と思ったのだ。それも、彼には「できる」のだ。
オープニング、主役である音楽家が光のなかに登場して、拍手と歓声で場内が湧きあがるその瞬間、フラッグを掲げひるがえし、ステージ奥へと、闇へと走りこんでいく、その名のない役である彼をみつめていたら、なにかふいに胸を打たれてしまった。うつくしくて、つよかった。
誉めすぎたか。
セイユウについてはまだまだ、後日「ゴゴアメ・メンバー」のほうへも書く。
セイユウの名のある芝居のほうは、近々、8月に観られる。リンク集にあります「鵺的」公演に出演、「鵺的」についてもまたちょくちょく書きます。ぜひご注目を。
ユタとの本打ち第二弾。前回「ウチで本打ち」のときはかなり酔ったため、今回は居酒屋でさっくりと。
と思ったらこの数時間後に彼は赤くまだらになっていた。
藤岡豊は今年の公演で(詳細は「ゴゴアメ#1公演情報」のページをぜひご覧ください)
作家+役者として参加していただく。大活躍なのである。
そしてこのゴゴアメ・メンバーのブログタイトルの横の写真、てるてるぼうずを作ったのも彼。
「てるる」という名が正式名称である。
彼は自宅にて密かに時々こつこつと、この「てるる」を作り出している。
なぜ作っているかは不明。しかし「てるる」は販売されたこともあり、なかなかの人気商品らしい。
あくまで、「らしい」。
このてるるを心をこめて吊るしてみれば、必ずや晴れを呼ぶ。らしい。
しかし、てるるは、撥水加工の布で出来ている。
雨にならぬのなら、なにゆえ、予め撥水加工されているのか。
それは「ほんの、親切心」であると作者・藤岡豊は語っている。
不明のことが多い男であるが、どうぞよろしく。リンク集に彼のHPもあります。
ふだんはあまりこういうのは買わないお酒。瓶がかわいくて買ってみた。
すると、とんがりぽこが現れてお酌をしてくれる。
「ぽこぽわしゅ」 これでは足りないでしょう、などと言う。
とんがりぽことは長いつきあいになるので、言ってることがわかるようになった。
飲む前にいそいそ、写真を撮っていると不思議そうに眺めてから、「ぽこ」と言う。
「ぽこぽこしゅう、ぽこぽこしゅうしゅう」
「ぶろぐだ」「みんながやってることはやんないって言う癖に、ヒネクレ方も中途半端だ」と言っている。
ええい、ナマイキなとんがりぽこだ。
先日のマナちゃん展から、うちに連れて帰った新作。わたしの下手な写真ではちょっとわかりにくいかも知れないが、ほんとうにきれいな器。
なかの「昆布そうめん」は、ユタこと藤岡豊クンが、「ウチで本打ち」のときに手土産に持ってきてくれたものだ。乾燥した状態なのをもどして、いろいろにして頂いている、とても美味しい。これはミツカンの「やさしいお酢」(手軽だしその名前に偽りなく、酸っぱくなく、甘くない、おすすめ)をかけただけの、簡単酢のもの。ミネラル、ミネラル。
で、「ウチで本打ち」とは。今回の公演は短編オムニバス劇で4人の作家が台本を書く。
(詳細は「ゴゴアメ#1公演情報」のページをぜひご覧ください)
この4人の作家(1人はわたしだけど)はすべてノーギャラ。作家にキビシイ公演なのである。(自慢している場合じゃないが)
それでせめて、初稿が上がったら、お酒とごはんくらい用意したい、というのと、家でならじっくり話せるし細かいこともメモできる、ということからやってみたのだが。
先にタキの初稿を「ウチで本打ち」して、いよいよ夫婦でこんなことしてなんだかなあ、というさすがにどうかという気分になり、まあ飲もうか、とどんどん飲んでいたら、アタマを使いながら飲んでいるせいかちっとも酔わず、と思ったら、打ち合わせが終わる頃には、いきなりぐでぐでになっていた。
これはキケンだ。と、ユタの初稿の時には注意をして、まず、だいたい話をしてから飲もう、だいたい話が終わったら料理を出すから、と言って、気づけばなんと3時間もただ酒を飲みながら話し込んでしまった。悪いことをした。まあ本人がたのしかったと言うので良いことにしよう。ミネラルミネラル。
「酒を飲まずに話せないのか」という疑問は宇宙の彼方においといてください。
きのうはゴゴアメ・宣伝美術部会議。って飲んでるじゃん!
たのしそうでいいこと。などと言うなかれ。たいへん真剣なのですから。いやでも、たのしそう。でいいのかな。暢気なもんだぜ、と思われるくらいが、いいのかも。芝居作りはすべてが「一生懸命」でつい、暑苦しく振る舞ってしまいがちだから。
さてゴゴアメ宣伝美術部、といってもデザイナー+題字を書いてくれているひとの二人きりだけど(この日はタキも参加)、わたしにとってちょっと不思議なメンバーなのである。二人ともわたしの友人なのだが、デザイナーのホソノくんのほうとは去年、10年ぶりくらいに会った。デザイナーになったと聞いてもなんとなく「なるほど」と思ったけれど、今年、自分の会社をたちあげて恵比寿の素敵な白い一軒屋のなかに、事務所を持ったことにはびっくりした。(ご興味のある方は、リンク集に「ホソノデザイン」のHPがあります、ぜひご覧くださいませ)
偶然、題字の「書家」arayaは、実は恵比寿で働くOL。そのため、ゴゴアメの宣伝美術会議はいつも恵比寿でやることに。で、第一回目の会議はホソノデザインの事務所で行ったのだが、3人で向かいあって話していると、なにかこうふつふつと、不思議な気がしてきた。我々3人は10年よりもっと前に、一緒に仕事をしていたのである。3人とも、いまと違う仕事をしていた、ということだ。それが年月を経て、こうやってまた、ミーティングしているのも不思議だし、それも、まさか、こういうコラボレーションになるとは。なんだかくらっとするのである。
しかしこの数年、「書家」arayaの作品を時折、拝見しながら、彼女のがんばりを見てきたわたしは、いつか、彼女の筆でわたしの文を書いてもらえたら、と思っていたので、そういう意味では願いが叶ってうれしい。arayaは今回、何度もこの題字をたくさん、たくさん、書いてくれた。感謝。
そんなわけで、ゴゴアメ宣伝美術部は、三者三様に、思いがけないタイムカプセルを開いている。
いやそりゃあ、飲まずにいられないでしょう!
8月、9月の稽古場を押さえたりややこしい稽古スケジュールを組んでいると、なんだかもう、夏が終わってしまった感じがする。いや、夏はまだ、これから。
きのう7月1日。東大宮のギャラリー「温々(ぬくぬく)」へ、ガラス作家、くまがいマナさんの個展へ行き、帰りに赤羽に寄って、ひかる+ももちゃん夫妻と会う。4月の彼らの結婚パーティから、久しぶり。マナちゃんを紹介してくれたのがひかるなのだ。日にちが合わず一緒には個展へ行けなかったのだけど、彼らの住む街へはじめてうかがった。二人の行きつけのお店に連れていってもらい、店長おすすめの日本酒をみんなで次々飲んだ。
テーブルの真ん中にある、なめろうの盛り付けられたお皿は、マナちゃんの作品のひとつ。ひかるにすすめられて、店長さんも個展へ行ってきて、これを選んだとのこと。うちにあるのが、これよりもう少し大きく深いサラダボウル。底に天の川のような模様が入っていてとてもきれい。きれいなだけでなく、マナちゃんの器は使いやすい。よく考えられているなあ、といつも感心する。
マナちゃんは北海道に住んでいるから、こちらでの個展は年に1度くらいで、毎回、すごくたのしみにしている。
「1年に1度しか会えないなんてさみしいよう」と言うと、「でもこれでせいいっぱいなのよー」とマナちゃんは笑っていた。そうだよなあ。彼女はとても細くて繊細そうに見える、しかしガラス作りは「力仕事」だと聞く、確かに会うといつもその華奢な身体にパワーが漲っているのがわかる。
会えるのは1年に1度だけれど、マナちゃんのガラスとは、毎日、一緒だ。なんでもないうちの食卓にやさしくいてくれる。